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「あってもなくても大して変わらない」そんなブログです。

ひっさつうへの、53歳になる(「新・必殺仕事人」のサブタイトル風に)

というわけで、今日は私の53回目の誕生日。

昨日急に気温が上がり、何だか夏のような陽気(実際、昨日は夏日だったらしい)になったが、今日もそんな感じで気温はかなり高めであった。
天気もよいし、こんな時に家にこもっているのもなんだから、私がハマっている元セクシー女優・架乃ゆらさん(私は敬意を込めて「ゆらさま」とお呼びしている)が横浜は伊勢佐木町にあるキコーナというパチンコ店でイベントを行うというので、後先考えずに出かけることにした。

どうにか食べていけるほどには貯金も残っているので、思い切って買ったワイヤレスイヤホンをスマホとペアリングしてYouTubeMusicで昨年12月から今年の2月まで聴いていた楽曲で構成されたプレイリストを聴きながら、岩槻から大宮を経て、湘南新宿ラインで一気に横浜まで。いい天気と言うこともあって用もないのに外出する親子連れが多かったが、音楽を聴いているのでさほど気にならないのはよい傾向である。
横浜から関内までは京浜東北線で。ここでちょっとした奇跡が起きた。
その乗り換えて京浜東北線のホームへ向かう関内駅の構内を歩いているときに丁度The ALFEEの40周年記念のライブ音源で「サファイアの瞳」が流れてきたのである。この時のライブ会場が…横浜アリーナだったこともあり、一番の歌詞「真夜中の Tokyo City Lights」の「Tokyo」のところを「Yokohama」に変えて桜井賢さんが歌っているのである!横浜駅で「Yokohama City Lights」!思わず小さくガッツポーズしてしまった。

関内駅に着いたときには午後一時近く。横浜スタジアムの最寄り駅と言うこともあって横浜DeNAベイスターズのレプリカユニフォームを着ている人たちが大勢。え、試合の結果?…訊くな(泣)。昨年の誕生日に完封勝利を飾った床田投手が今年は敗戦投手…何というか、今季のカープは最下位もあり得るような体たらくである(中日ドラゴンズよりかはましかもしれないが、それとてどうなるか分かったものではない)。もう何というか、今年は若手育成に全力を捧げた方がいい。チーム成績は二の次三の次で結構。私のようなひねくれ者に言わせてもらうとしたら、優勝なんぞ狙わなくていい(そもそも優勝を狙えるようなチーム構成になっていない。これはフロントの怠慢としか言い様がない)。それよりかは、これから先チームの中心を担うような若手の有望株といえるような選手を一軍に帯同させて試合に出すべきだと思う。これから来年にかけてFA権を取得する選手が多くなる。当然、彼らはチームを出て行くことになろう。当然だ。勝つ気のない試合しかできないチームで試合なんかできない、したくないのは誰だって思うことだから。それをどうにもしようとしないのなら最下位も必然だということだ。「広島は遠い」とコーチを打診された人物が口にするが、遠いのはもう分かりきったことであろう。本音は「こんなチームのコーチなんかできるか」ということなのだということを、フロントは肝に銘じて、まずそのぬるま湯体質を変えねばならない。既にマツダスタジアムも空席が目立つ状況が続いているそうだが当然だ。勝とうという姿勢が感じられないチームの試合など誰が見たいものか。収益以前に、勝つための準備を入念にすることくらい何故できないのか。

…話が逸れた。

店内に入ると、換金手続きをしている客に対応している店員さんの近くにいたもう一人の店員さんと目が合った(と言うより、彼女の方から私を見てきた)。
「ゆらさんのイベントに参加される方ですか?」
思わず「あなたはニュータイプか何かか?」と切り返そうとしたができなかった(当たり前だ)。
「は、はいそうですが…」
「でしたら、二階でお待ちください。二階に同じようなスペースがございますので」
あ、そうなんだ…と思いつつエスカレーターで二階に上がったら…いた!ゆらさまである。やや赤茶色っぽい髪色にしてはいるが、紛れもなくゆらさまである。
既にイベントは始まっていて、早速何人かがサインをしてもらっていた。私は何にサインをしてもらおうか…と鞄を探ったら、いつも定例会で使っているホワイトボードの裏側(表側は使うので←当たり前だこのどあほう)にサインしてもらおうかということで、ようやっと私の番が回ってきた。ここで、ゆらさまのイベントの常連であるミナキャンさんとジュンイチハーレーさんが合流。
「よろしくお願いします!」
「あ…え、っとお久しぶり!えっと、確か…」
「ひっさつうへのです!」
「あ、そうそう、うへのさん!」
そんなやりとりの後でサインしてもらおうとしたら…しまった!サインペンらしいものを持ってきていないことに気づいてしまったのである!
すると、私の4人後ろにいた方が黙ってペンを渡してくれた。見ず知らずのかのらーの方、その節はありがとうございました。
で、無事にサインをしてもらえたのだが、私の精神障害罹患同様、実はゆらさまも抑うつ性精神障害になっていたことを会員限定のブログで明かされていたこともあって、同病相憐れむではないが、ゆらさまにも軽く励まされたし、私もゆらさまに「大変でしたね」と声をかけた。
「私は大丈夫だよ」
と明るくゆらさまは言われていたが、やはり強がっておられるのかな…。
その後は、ゆらさまのX投稿から割り出した町中華の店でミナキャンさん、ジュンイチハーレーさんと昼食。ボリュームたっぷりで良心的な価格に一同大満足!
ジュンイチハーレーさんはもう一勝負していくといって再入店、ミナキャンさんは違う路線で帰ることになり、私は関内駅から京浜東北線でゆっくりと帰ることに。
途中秋葉原で下車して、ヨドバシアキバの模型売り場で買い物をする。最近ハマっている「30ミニッツシリーズ」のヤツである。
完成させるだけでなく結構色々遊べる商品なので、近いうちに写真を撮ってこのブログにアップしてしまおうか…などと、大それた事を考えてみる。

その後は秋葉原から山手線で上野まで出て、上野から宇都宮線で大宮まで行き、岩槻まで帰り、駅前のマルエツで買い物をして帰宅。
実に細々とした出来事に感慨深くなった誕生日であった。
これからまた一年、次の誕生日に私はどんなことをしてどんなことを考えているのだろうか…そう考えると、一日一日をより良く生きていきたいと改めて思った。

新年明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

仕事を辞めてこの方、就労支援施設へ体験利用に行く以外は家にいるばかりという毎日である。
そのせいかどうかは知らないが、今年は三が日を何十年ぶりかで正月らしく過ごした。
餅を食べ(パックの餅だが)、初詣に行き、一応昨年のうちに地元のドラッグストアで鏡餅も買って玄関先に備えた。後は大掃除さえ完璧であれば言うことはなかったのだが…こればかりは仕方ない。

さて、その初詣は、自転車で行ける範囲の神社を可能な限り自転車で回るというかなり無茶なことをしてしまった。
毎年恒例になっている武蔵第六天神社、その帰りに久伊豆神社…元日からとんでもないことになってしまった。
初詣で賑わう神社と言えば明治神宮など色々思い浮かぶところがおありであろう。私の地元では久伊豆神社明治神宮クラスに人手が多い(少し大げさだが)。況してや三が日ともなれば尚のこと。それをすっかり忘れていた私はかなりな時間のロスを強いられることとなってしまった。

疲れた体を休めるべく、久しぶりに入った地元のネットカフェで、私が推している元セクシー女優の「ゆらさま」こと架乃ゆらさんが出演していた映画「グッドバイ、バッドマガジンズ」を見る。
東京五輪開催に伴い、外国人観光客に対する配慮としてエロ雑誌がコンビニ等から締めだされた頃の悲喜こもごもな人間模様を描く映画で、仕事を辞めたばかりの私にとっては非常に重い、やるせない感じが残った。一生懸命やってても報われない悲しさや、そんな中でストレスの持って行く場を無くしてもがく人…人間の悲しさをほんの少しのユーモア(というよりペーソスと言った方がよいのか)を交えて描いている映画で、見ていて楽しいという感じは中々持てない作品ではあるのだが(当然日本アカデミー賞にもノミネートはされないような作風であるが)、それでも僅かながら希望を感じさせる場面もあって、人生悲しいばかりじゃない、けど楽しいばかりでもないか…と複雑な感慨を抱いた。何だか、余計に疲れてしまったような…。

二日は、地元の小さな神社を自転車で回ることに。
岩槻区から見沼区を経て気がついたら大宮区…何のことはない、東武アーバンパークラインという名の東武野田線(逆か!?)でいう岩槻・大宮間を自転車で走り続けてそこまで来てしまった、ということになる。
昨日の久伊豆神社の例もあるので氷川神社は遠目に見て、駅前のコインパーキングに自転車を止めて正月の街をぶらぶらしてみた。
三月に発表会があるさいたま市民会館おおみや(通称レイボックホール)のテナントも、普段なかなか見る機会が無いということもあって一通り回った。
書き初めのコーナーがあったので「人生再始動!感謝の気持ちを忘れない」と書いてくる。その後、テナントのそば屋で昼食。値段はかなり高かったが、そばはとても美味かった。
その後は自転車で家まで帰るだけだったのだが、長い坂道が結構多く、相当いい運動…どころか翌日筋肉痛にでもなるんじゃないかと思うくらい大変な道を通って帰ってきた。前に通ったことのある道もあったし、あれここどこだったっけ?という道もあったが、何とか無事に帰り着くことができてよかった(だからこそこうしてこのブログも書ける訳なのだが)。

三日は近所のファミリーレストランでかなり遅い昼食を取った以外特に何も無し。

四日はクイズサークル岩Q槻の定例会。20人近い久々の大人数でかなりの盛会となった。
それにしても、皆さん指が速い速い。私なんぞ老いぼれですなぁ。

さて、いよいよ明日から本格的に就労支援施設での訓練が開始されることとなった。
昨年受診したメンタルクリニックでの診断結果によれば、私は軽度の自閉症スペクトラム障害ということだが、就労には問題は無いとのこと。
後は頑張って速く再就職を果たして、安定した生活に入らなければ。
思いを新たに、明日から再出発だ!

今年もあとわずか…ということで、2025年(令和7年)を振り返る

昨年の暮れに母に死別して以来、全くと言っていいほど無気力な精神状態が続き、剰え11月に仕事を辞めることになってしまい、もう何だか自暴自棄気味な年の瀬を迎えている。こんな殺風景な年の瀬はさすがの私も初めてと言っていいはずである(と言うより、ここ数年年の瀬が年の瀬らしくなくなりつつあるのだが、これは気のせいなのだろうか)。

前回の更新が4月。そのときに済んでいなかった遺産の手続きは無事に済み、どうにか母の死後の事務的な手続きはとりあえず完結した形になった。この間は一周忌を行ったのだが、私はつくづくこの手の仕切り仕事が向いていないとひたすら落ち込むばかりだった。この次は三回忌ということになるが、もう少し日程の調整に余裕を持って、今度は年明けくらいに行うことにしようということが何とはなしに決まったくらいである。
母が残してくれたものは当然のことながら遺産ばかりでは無い。人のつながりもそうだった。
母は親類(主に母の姉妹)と庭の手入れをしてくれていた植木屋のおじさんに心ばかりのお金を残していた。この間、その植木屋のおじさんに連絡がついて、そのお金を渡すと共に線香を上げていただいた。母が中学の時に同級生だったとのことで、そんな話をよくしていたことを思い出した。既に亡くなっている同級生の名前を出して母に呼びかけていた優しい声が耳に響いた。年が明けたら、庭の木の手入れをお願いしようと思っていることも伝えた。

まさかこんなところで仕事を失うとは思ってもみなかったが、仕事が無いときの外出はかなり増えた。
今年の夏はかなりのものだったにもかかわらず、新宿で行われたThe ALFEE展や渋谷LINE CUBEで行われた生誕100年渡辺宙明音楽祭に出かけたことは、私にとってこの上ない体験となった。中学以来の我が畏友・ガンダム氏や母にこの日の感動を伝えられないのが本当に悲しいが、それを補ってあまりある楽しい経験をさせてもらった。
The ALFEE展は12月に秩父市の八尾百貨店でも行われて、こちらにも出かけた。新宿の時は暑さ、秩父の時は寒さとかなり体に堪える外出ではあったが、さすがに52年目のスーパーバンド・The ALFEEの持つパワーに励まされるように心が沸き立つような感動を覚えて帰ってきた。
10月の山梨旅行も忘れられない。近所のスーパーのプレゼントで当たったのだが、申し込んだときには既に定員に達していて、ああダメだったか…と思いきや、旅行5日前にキャンセルが出て行けることが急遽決まった。当日の現地はあいにくの雨模様で富士山は全くと言っていいほど見えなかったし、紅葉どころでも無かったのだが、ワインの試飲やらシャインマスカットやら日頃のストレス発散とばかりのこれでもかの買い物やらで結構楽しめた。ガイドのお兄さんも明るい性格でとても楽しかった。
それだけに、仕事を失ったのは大きく悔やまれることであった。とは言え、職場の悪口を言うわけでは無いのだが、上の都合で現場が徒に疲弊するというのはあまりいいことでは無いというのは常識なはずである。明らかに上の都合だけでことを勝手に決め、負担ばかりが増えるというのはいかがなものであろうか。

いつまでも、やれ仕事がない、無職だ、収入がないなどと愚痴ってばかりもいられないので、今月から就労支援施設に試験的に通ってこれからの方向性を大まかながら決めていくことになった。私としても初めて利用することになる施設である。
職員の皆さんは概ね親切丁寧、とても親身になってくださっているし、少しは気分も楽になる。後は、職場を辞めると同時に受診したメンタルクリニックの診断結果を待って、これからの方向性が本格的に決まることになりそうである。障害者手帳が必要なくらいの発達障害であるとは私には到底思えないが、そこは専門的な判断が必要になる部分であるだけに結果が出てみないことには何とも言いようがない。

まだまだ先の見えない、芥川龍之介風に言えば「将来に対する漠然とした不安」を抱えた状態ではあるが(あ、別に自殺願望はないですよ)、来年こそはよい年にしたいものである。とりあえず、3月のアコースティックギターの発表会を無事に終えなければ…。

というわけで、2026年(令和8年)もよろしくお願い致します。

今年初のブログ投稿…いいんだろうかこんなんで

昨年の暮れに母が亡くなった。

私にとっては愚痴を聞いてくれたり、ささやかながら生き方の指針を示してくれたり、同じテレビ番組を見てはああでもないこうでもないと言い合ったり、そして何より炊事に掃除と私が苦手なことをしてくれていた、かけがえのない存在であった。
そんな母を亡くして以来、朝食は私が何とか自分の食べる分くらいは作り(父は父で勝手に作って勝手に食べているため)、どうしても面倒なときは外食もやむなし…となるのだが、極力夕食も自分で作って食べるようにしてはいる。とは言え、口に入れて違和感がないような食感にするのがやっとで、なかなか難しいものである。仕事で利用者の食事を作っている割には何とも締まらない話である。

葬儀を終え、四十九日の法要も済み、母の残してくれた財産分与は遺書の検認が5月にならないと始まらないためまだ先になってしまうが、とりあえずどうにか日常の生活ペースには戻ってきているところである。

そんな今日は、久しぶりの外出であった。

ゆらさま*1の番組イベントである。

久しぶりに顔を見るかのらー*2の皆さんもお変わりなくご壮健な由、またディレクター(という名の何でも屋)の高橋さんやゆらさまのマネージャーの萩原さん、そしてもちろんゆらさまもお元気そうで何よりであった。

私は滅多にスタジオに来られるわけではないので断言しかねるのだが、ただの撮影会やサイン会というものでなく、ゆらさまの愛情と機転に溢れるツッコミコメントが抜群に冴え渡り、会場のかのらーの皆さん方からは温かな笑い声が沸き起こっていた。こういう雰囲気を味わうのもいつ以来だろうか…。

*1:昨年8月でセクシー女優を引退した架乃ゆらさんを私は敬意を込めてこう呼んでいる

*2:架乃ゆらさんのファンの通称

ひっさつうへの51回目の誕生日

というわけで、今日私ひっさつうへのは51歳になりました。

自分へのご褒美…というわけではないのだが、鯛の刺身と握り鮨の盛り合わせでささやかではあるが豪華な晩飯をいただいた。

ま、たまにはこういうのも悪くはない…よね?

桜はそろそろ散り始めているけど

私の新生活は始まったばかりである。

新たな職場に就職してもうすぐ一週間。これまで介護の職場に就職しながらも介護職らしい仕事をしていない私にとって、うまくいけばようやっと介護職らしい仕事ができるようになりそうな、そんな気がしている。

その仕事のシフト勤務という関係上、そして前の職場を辞めるときのゴタゴタなどと相まって、今月20日のゆらさまこと架乃ゆらさん、及び彼女の親友の「てな様」こと七海ティナさん出演の舞台のチケットが取れなかったのは痛恨の極みではあるが、今度のLove昭和*1の公開収録イベントで、ゆらさまによい報告ができそうである。

*1:架乃ゆらさんが司会を務める番組「架乃ゆらのLove昭和」のこと。番組と言ってもスカパーアダルトチャンネルで放送されていた番組なのだが、諸事情により現在はDMMオンラインサロンにてアップされる映像コンテンツとなっている。昭和大好きアイドル(という触れ込みの)架乃ゆらさんが昭和の痕跡をとどめる場所に出かけてゆくという旅ロケ番組で、昭和世代を過ごしたおっさんや昭和時代に全くなじみのない若者、果ては海外のゆらさまファンの方々まで幅広い層に親しまれている。

新年度(苦笑)あけましておめでとうございます

何はともあれ新年度である。

未だ桜は咲きそろってはいない私の地元ではあるが、それでもようやっと春が訪れたという感じがするのはこの時期ならではの感慨である。

私の方はというと、今年に入って身の回りの状況がかなり一変した。

まずは仕事を辞めたこと。
あれだけ「些細なことで腹を立てない」という目標を立てていながら何としたことかつまらぬことで機嫌を悪くしてそのことがもとで仕事を辞めることになってしまった。

仕事を辞めたのは2月の半ば。それからの約一か月半はひどく虚ろな毎日であった。自業自得ではあるのだが、それでも虚しさを感じずにはいられなかった。

久しぶりにバス旅行に出かけたのも2月のことだった。静岡方面への日帰り旅行。来る途中で見えていた富士山が最初の目的地である三島スカイウォークに着いた途端に見えなくなったり、いろいろとハプニングもあったが、気晴らしになったのは何より良かった。

そして、思いがけず次の仕事が決まった。
地元の介護施設で今週末から働くことが決まったのである。まだ詳しいことはこれから詰めるような状況だが、まずは一安心というところである。

3月、予てより猛練習に勤しんでいたアコースティックギターワークショップの発表会も無事に終わった。
汗でサムピックが滑りかけた時にはさすがに焦ったが、どうにか最後まで弾ききれたのは幸いであった。難曲「Anji」を弾きこなすことができて、自分にも大変励みになった。

何だか色々あったが、とりあえず希望を持って新年度に臨める、そんな春である。

今度のLove昭和の公開収録では、ゆらさまにも良い報告ができそうである。